取締役平野 信行
私が社外取締役に就任した2019年以降、三菱重工グループはSpaceJetの開発中止という大きな決断をしたほか、個別事業の採算性に着目して複数事業を譲渡するなど、事業ポートフォリオの再構築を進めるとともに、全社の収益性改善を図ってきており、取締役会もさまざまな角度から問題提起を行い、こうした取り組みを強く後押ししてきました。この間に事業環境は大きく変化し、現在は、いわば追い風の中でかつてない規模の受注残高を確保しており、伊藤社長は「ITO」(Innovative Total Optimization)という経営の方法論を掲げ、「縦横の全体最適による高利益体質と成長投資の好循環」の実現に全社を挙げて取り組んでいます。
私は、機関設計にかかわらず、取締役会が果たすべき基本的役割は、企業戦略、内部統制、資本政策、サクセッションの4つと考えています。
企業戦略とは、中期的に目指す姿を定め、経営資源をどう配分し、どの程度のリスクを許容するかを決めることです。事業ポートフォリオは、全体を俯瞰し、将来の目標から逆算して、伸ばす事業と縮小・撤退する事業を明確にした上で、人・技術・資本を成長領域へ再配分する必要があります。2026年2月に連結売上の10%を超える物流機器事業を売却したのも、経営資源集中を目指すものでした。
内部統制でとりわけ重要なのは、経営者の関心、すなわちマネジメント・アテンションです。周辺的な事業には目が届きにくく、品質やコンプライアンス上の問題を見逃すリスクがあります。当社では、リスクの蓋然性と影響度を評価し、リスクマップで管理していますが、仕組みだけでは十分ではありません。現場が予兆を捉えて声を上げ、経営が受け止めるリスクカルチャーを根付かせることが重要です。海外大型案件やM&Aでの損失・減損の教訓が活かされているか、注視していきます。
資本政策では、事業成長・財務健全性・資本効率のバランスを重視し、DOEを基準に株主還元を行う方針です。好業績を背景に今後積み上がる資本を、成長投資と株主還元にどう配分するかは重要な課題です。所与の答えがあるわけではありません。事業環境を見極め、当社の企業価値を高めつつステークホルダーの期待に応えていくための最適解を求め、取締役会で議論を続けていきます。
役員指名・報酬委員会は、委員長を務める社外取締役のリードの下、客観性と透明性を確保しながらCEOのサクセッションに重点を置いて活動してきました。今後はCEO後継者候補を含む次世代経営人材の育成と、取締役会の構成についても議論を深めていきます。
現在の取締役会は、各取締役が高い専門性と幅広い知見を持ち寄り、年間アジェンダに沿って計画的に議論する体制が整っています。この仕組みは、社外取締役の意見も取り入れここ数年改善を重ねてきましたが、さらに実効性を高めるには、重要性や複雑性の高い議案に十分な時間を確保すること、機密性の高い案件であっても必要に応じて複数回の議論の機会を設けること、先端領域に関する社外取締役への情報提供や研修を充実させることが挙げられます。
冒頭で述べたかつてない規模の受注残高を、品質・採算を確保しつつ納期どおり遂行することが目下の最優先課題ですが、今後の成長と競争力の強化に向けては、当社グループが蓄積してきたモノづくりの技術をAX※・DXと組み合わせる力が問われます。生成AIなどの技術の進化は速く、社内の知見だけでは不十分です。自社の強みに、先端企業とのパートナリングなどによって外部の力も取り込み、スピード感をもって事業変革を進めていく必要があります。
そして最大の課題は、今の追い風がいつかは止むことを想定し、次の柱となる事業分野を育てることです。当社グループは、絶えず新たな技術を生み出し、保有する多様な技術を継続的にアップデートしながら、信頼性の高い社会インフラの提供と安定的な運用を通じて「レジリエンス」という新たな価値を提供する企業となるべきです。私は、社外取締役として、会社への深い理解と愛情を持つ一方、健全な懐疑心を失わず、一つひとつの判断が長期的な企業価値の向上につながるかを自らに問い続け、取締役会での率直な議論を通じて当社グループの持続的な成長に貢献していきます。
※AX: AI Transformation