たときに安全に止めることも重要です。例えば夏場の電力需給が逼迫する局面では、発電設備の故障を防ぎ、異常の兆候があれば条件を調整しながら運転を継続することが求められます。また、実際に異常があれば運転を止めなくてはなりませんが、その際、許容されるレイテンシ※は製品ごとに異なります。AIにどこまで制御を任せられるかは、今後の大きなテーマです。
岡野原 まさにそこが重要です。先行する自動運転の領域では、人間を上回る速度で危険を察知し、止まる、避けるといった判断が実現しつつありますが、あらゆる場所で利用するには、まだ多くの課題が残されており、AIに全面的に委ねられる段階ではありません。産業設備では、瞬時の判断だけでなく、常時監視によって通常状態からのわずかな逸脱を捉え、異常を予測することが有効となります。また将来、ミッションクリティカル領域で複数のAIエージェントが協調してシステムを動かす場合には、一部のAIが機能停止しても、残りが合意形成し、システムを安全な状態へ移行できるといった先進的な仕組みが必要です。
伊藤 予兆を捉えるという点では、三菱重工は世界各地の発電プラントを遠隔監視し、デジタル制御システム、予測的分析とAIの活用によって、ベテラン運転員でも気づきにくい兆候を、早ければ1週間から10日前に検知できます。これをさらに発展させて、複数のセンサーから稼働状態を総合的に捉えることができれば、単一のセンサーの値だけでは見抜けない異常も判断できます。例えば、部品の劣化を事前に予測して交換準備することで、ダウンタイムを短縮し、お客様の設備稼働率を高められます。
岡野原 その取り組みは非常に有効だと思います。一方でAIを作っていく部分で難しいのは、信頼性が高い製品ほど学習に必要な故障データが少ないことです。異常検知には、専門家の知見を組み込むことと、シミュレーションで意図的に異常を作り出すことの両方が欠かせません。実データ、物理法則、シミュレーションを組み合わせることで、希少な異常にも対応できるAIへ近づけると考えています。
※データの送受信や処理に生じる遅延時間
伊藤 製品の信頼性を高める上で、現実の設備や環境を仮想空間上で再現するデジタルツインは非常に有効なアプローチでしょう。
岡野原 三菱重工との共同研究では、カメラで撮影した物流倉庫の画像から3次元の環境モデルを作り、AIが荷物やパレット、床などを識別して、物体ごとに配置を編集できる技術を開発しました。現場では、物の配置や人の動きなど、条件が絶えず変化しますので、多様な状況を仮想空間上で再現し、ロボットなどに学習・検証させることができれば、フィジカルAIの信頼性を高められます。将来的には、現場の変化に合わせてデジタルツインがリアルタイムに更新される姿を目指したいと考えています。
伊藤 デジタルツインと併せて、自然言語で指示できることも大きな変化ですね。特別な操作手順を覚えなくても、人に話すように指示できれば、設備の使い方は大きく変わります。ただし、人同士でも言葉でのコミュニケーションには誤解が多々生じます。安全性が求められる製品では、用途を限定し、曖昧な指示にはAIが確認を求めるなど、確実性を高める設計が必要です。
岡野原 ご指摘のとおり、言葉を理解するだけでは足りません。例えば、曖昧な指示に対して不足している情報を質問したり、障害が起きた際に自律的に状況を把握し、報告するといったことを実現するには、現場固有の制約や背景知識を理解している必要があります。クラウド上の大規模言語モデルの知識を圧縮してローカルAIに学習させ、利用する技術なども重要になるでしょう。
伊藤 フィジカルAIの活用先は製品だけではありません。工場の製造技術にも広がります。熟練者同士の会話は、若手社員には背景や前提が分からず、禅問答のように聞こえることがあります。製造現場には、言葉で説明しきれない判断や勘所が数多くあります。こ