うした暗黙知を、誰もが共有・再利用できる形式知に変え、ITツールやAIに蓄積できれば、人材育成や技能伝承、生産性向上につながります。
岡野原 そうですね。人が自然にできても、明確なルールとして書き下せないことはたくさんあります。AIは、無数の小さな要因からパターンを捉えることで、従来は暗黙知でしか解けなかった問題に対応できます。ただし、答えを出せることと、制御可能であることは別です。現場で使うには、AIが何を根拠に判断したのかを確認し、人が責任を持つ仕組みにしなければなりません。
伊藤 その点で、三菱重工が持つデータには大きな価値があると考えています。三菱重工には500超の製品と700超の技術があり、設計、製造、運転、保守を通じて長年蓄積した膨大なデータがあります。正常稼働のデータだけでなく、専門家が持つ損傷モードの知見、材料や加工に関する物性データ、運用現場の制約条件なども大きな価値を持ちます。個別製品の中に閉じているノウハウを共通化し、素性を理解した上で再利用できる共通基盤にすることが重要です。
データは、量が多ければ価値が生まれるわけではありません。どの製品の、どの運転条件で得られたものか、現場では何が起きていたのかという背景情報と結び付いて初めてAIの学習や検証に活かせます。三菱重工が持つ現場の知識とデータを組み合わせ、信頼できる共通基盤に変えていきたいと考えています。
岡野原 まさに、現場の背景と結び付いたデータが重要です。材料開発でもAIの力は発揮されます。PFNの汎用原子レベルシミュレータ「Matlantis™」は、従来はスーパーコンピュータでも長時間を要した原子レベルの高精度なシミュレーションを大幅に高速化します。これを使って、例えば実験が困難な条件を仮想空間上で再現し、腐食やひび割れ、材料劣化の起点を観察・分析することができます。三菱重工が持つ材料・製造・運転のデータと組み合わせれば、開発期間の短縮だけでなく、これまで見えなかった現象の発見と理解にもつながります。
伊藤 そうしたデータや知見を、個別の事業にとどめておくのではなく、広く活用することが重要ですね。三菱重工は「ITO」(Innovative Total Optimization)を掲げ、組織や事業を横断した全体最適と、新たな市場への領域拡大を進めています。個々の製品や事業に蓄積した技術を共通基盤として横展開し、オープンイノベーションを組み合わせ、スピード感を持って新しい価値を生み出したいと考えています。例えばGTCC(ガスタービン・コンバインドサイクル)、原子力、防衛・宇宙などは、それぞれ異なる事業に見えますが、大型で複雑な製品を精緻に制御する技術、過酷な環境で確実に動かす知見、製造技術、顧客の信頼といった共通点があります。そこにPFNのAI、半導体、計算基盤の技術が加われば、既存製品の高度化だけでなく、無人化・自律化された新しいシステムへ展開できます。
岡野原 私も、両社の強みは非常に補完的だと考えています。PFNだけでは、ミッションクリティカル領域の社会実装はできません。三菱重工には、レジリエントで安全・安心な社会インフラを提供し、長期間運用してきた知見と、お客様からの信頼があります。これにPFNのAIを実用化する技術を組み合わせ、両社で共通の目標を持つことで、個別最適では到達できない価値を生み出せると考えています。
伊藤 おっしゃるとおりです。三菱重工グループの多様な製品と技術に、PFNのAI技術が加わることで、個々の機能を持った製品が互いに情報をやり取りするようになり、これらを一つのより大きなシステムへと進化させることができます。
岡野原 AIは今後、あらゆる製品やシステムの中に入ってくるでしょう。安全保障の観点からは、日本が自ら技術を持ち、現場の知見を蓄積し、信頼できる形で社会実装することが重要です。三菱重工とPFNが、ハードウェアとAIの境界を越えて連携することで、強靱で安全・安心な社会の実現に貢献していきたいと思います。現状は、ミッションクリティカル領域でのAIの活用には依然としてさまざまな課題があります。これは世界共通の極めて難易度の高い課題であり、未だ誰も答えを出せていない領域です。だからこそ、この課題に三菱重工と一緒に挑戦したいと思っています。
伊藤 共同研究を通じてお互い切磋琢磨しながら、一緒にチャレンジしていきましょう。技術的に難しい課題へのチャレンジの先に、世の中の役に立つ製品やソリューションが生まれると考えるとワクワクします。その未来を、ぜひPFNと形にしていきたいです。